輕讀日語

輕鬆讀懂日語經典作品

ja-reading.com

輕鬆讀懂日語,輕鬆閱讀日語。線上閱讀日語經典作品。支援在閱讀過程中顯示假名、查詢生詞、翻譯句子。

しほんたいへいき

私本太平記(四)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(四)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 229,324 字 · 458 頁

青空文庫

一事が万事というならば、こんな一例でみても、その無秩序ぶりはわかるが、しかし、これが決してすべてでもない。――なおかつての、鎌倉武士の武士らしさを、こんな中でも失わず、日本心を甲冑に誇っていた者もある。

赤坂攻めにかかる前か。

四天王寺の大鳥居の左の柱には、たれの業か墨匂わしく「花咲かぬ老い木のさくら朽ちぬとも、その名は苔の下にかくれじ」とみえ、わきには、

武蔵ノ国の住人、人見四郎恩阿、生年七十三歳

正慶二年(北朝年号)二月二日、赤坂城へ向つて、武恩に報ぜんがため、討死仕つり畢んぬ

という遺書があった。そしてまた、右方の柱にも「待てしばし子を思ふ闇に迷ふらん、六つのちまたの道しるべせん」と書いて、同筆で、

相模ノ国の住人

本間九郎資貞が子、源内兵衛資忠、生年十八歳

正慶二年仲春二日

父が死骸を枕にして

同じ戦場にて命をとどめ畢んぬ

と、書きのこされた文字があった。墨は以後の風雨にも、なお消えてはいなかった。

思うに。こうした武士は、鎌倉勢のうちにも、まだまだ少なからずいたにはちがいない。けれど、そうした生命ほど、可惜、散るのを散り急いでいたのだろうか。

なにしても、鎌倉表からの大軍令がここへ着いたのは三月下旬にちかく、事態としては、どうにも遅かったうらみがある。