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しほんたいへいき
私本太平記(四)
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《私本太平記(四)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 229,324 字 · 458 頁
「……そう」
と、彼女のそれは、母の安心感に沈んでいたというよりは、もっと深い孤独の底の声だった。
「桃井どの」
「はっ」
「どこぞに、料紙とすずり箱はありませぬか」
「持参いたしましょう」
直常はいちど退がって、ふたたびそれを持って、簾のそばまで行った。
彼を待たせて、彼女は筆をとりあげていた。稚拙な、子どものような仮名文字で、やっと、短いことばを書きつづった。そして、いちど封じかけたが、また、なに思ったか、ふところの守り袋を出して眺めていた。
――それは十一年前、初めて、高氏とここで会ったときに、変らぬ契りのしるしにと、高氏から彼女へ与えたもので、香苞の折表紙に似た金襴のうちに畳まれている地蔵菩薩の御影だった。
「……あ?」
と、そのうちに驚いたのは、それを簾の外から見ていた桃井直常の方で、彼女自身は手の墨筆で、いきなりその地蔵菩薩の像を、綾十文字に、黒々と、なすりつぶしていたのであった。
もう無造作に、それを手紙の内へたたみ入れ、さらにべつな料紙で封をした上へ、
殿へ
と、だけ書いたのを、藤夜叉は、桃井の手にわたして、そして、頼んだ。桃井は、このとき初めて、なにか異常なものを彼女の眉に知って、つい、高氏への取次ぎを、恐々ながら引きうけて退がってしまった。