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ぜにがたへいじとりものひかえ

銭形平次捕物控 猿回し

野村 胡堂

線上閱讀野村 胡堂《銭形平次捕物控 猿回し(ぜにがたへいじとりものひかえ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 125,671 字 · 252 頁

青空文庫

一

平次は空地の奥の、腰抜け侍、丹波彌八郎の浪宅を指しました。

「臆病が感染りますぜ、親分」

そんな口の悪いことを言う八五郎です。

秋の陽の一パイに射している空地の明るさ。江戸一番の盛り場の真裏に、こんなのんびりしたところがあろうとは思われない程ですが、この変化の多い町の姿や、表裏の違いのはなはだしさが、明治の頃まで残った、江戸の町の秘密だったのです。

声を掛けるまでもなく、浪人丹波彌八郎は、南縁に物の本を読んで居りました。その吸い付いたような夢中な態度が、隣の路地に殺しがあっただけに、何んとなく空々しくも見えます。

「丹波様、大層お精が出ますね」

平次は口を切りました。

「あ、銭形の」

これはさすがに、知らない顔も出来なかったでしょう。銭形平次の顔は、両国あたりへはよく売れている上に、先頃のお萩の殺しで、一度は八五郎に縛られた丹波彌八郎とは、幾度か顔も合っている筈です。

「すみませんが丹波様、硯を拝借願えませんか」

平次は縁側の端っこに腰をおろしました。

「これで宜しいかな」

彌八郎は手を伸ばして、机の上から蒔絵の古びた硯箱を取りました。怪し気ながら端渓で、よく洗ってあるのもたしなみですが、墨は親指ほどではあるが唐墨の片らに違いなく、筆も一本一本よく洗って拭いてあります。