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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
Read 大岡越前 (おおおかえちぜん) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 218,436 characters · 437 screens
義平太は、深い夜霧にも似た疑いの中につつまれて、依然、駕籠の前から、身を退けなかった。
「南の与力殿とやら。何を、まじまじと、不審そうに見ておるのだ。――失礼したと、謝罪もせずに」
「まことに――」と、あわてて一礼しながら、
「人ちがいの儀は、お詫び申すが、この駕籠は、どこから乗っておいでになったか」
「差入れ茶屋の石焼豆腐で一酌かたむけ、待たせておいた駕籠で、ただ今、帰るところ。――それが、何の不審か」
「その辺で、拾ってお乗りなされたのか」
「いいや。家から乗って出た雇い駕籠じゃ」
「いよいよおかしい。これは、牛込柳町のかご寅の若い者と見うけるが」
「拙宅も、その柳町の附近。べつだん異なこともあるまいが」
「それにしても、この提灯の紋は、柳町の町医、市川楽翁の家の紋でござるが」
「何をいうか」
と、侍は一笑に附した。
「それがしの家の紋も、三ツ鱗だ。江戸中に、三ツ鱗は、あの医者一軒でもあるまい」
義平太は、ここぞと、迫って。
「そうはいわさん。貴公の小袖には、鷹の羽がついておる」
「なに、鷹の羽。これは表紋だ。俗用には、裏紋を使用しておる。――一家に二つの紋があってもふしぎはない。