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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
Read 大岡越前 (おおおかえちぜん) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 218,436 characters · 437 screens
町の声・部内の声
「さしつかえない。通すがいい」
越前は、彼を待った。
麹町の町医者、市川楽翁は、役宅に勤めている与力の市川義平太の実父だった。
楽翁は、洒落人で、肩がこらない相手である。これへ通ると、まず、御息女のお風邪は心配ありませんと、医者なみの説明をし、それから、せがれ義平太が、つねに、お引立にあずかって――などと雑話に時を移して、
「ときに、先頃はまた、堀留河岸の山善とかいう呉服問屋へ、女まじりの五人組強盗が押入りましたとやら……いやもう、町のうわさは大変ですが……お奉行様にも、ご苦労がたえませんな」
と、あちこちでの、聞きかじりを、茶のあいだに、語りはじめた。
町の声・部内の声
衆の知覚というものは怖い。
どんな政治の裏も、大奥の秘事も、大衆は、いつのまにか知ってしまう。
あざむけないものは、衆の嗅覚であり、衆の判断である。
大衆は大智識である。大衆こそ、世事の名判官ではあるまいか。
越前守は、いつも、それを痛感している。
――だから、楽翁の世事ばなしといえど、おろそかには、聞いていない。
「五人組のうちの、女ふたりは、何でも、母子だそうでございますな。しかも、むすめは、花羞かしい年ごろの美人だそうで、それが、たいそうな人気になっておりますよ」