Read classic Japanese books with furigana
ja-reading.com
Read classic Japanese books online with furigana. Filter by JLPT level, tap a word for the meaning, and translate a sentence.
おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
Read 大岡越前 (おおおかえちぜん) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 218,436 characters · 437 screens
権化
亭のうちに、人影があった。
ぴたと、その人は、坐っていた。――と、その顔が、こっちを見た。吉宗である。
越前守は、大歩して、そこへ近づき、亭の前に立った。
「おお、越前か。あがれ、上がれ」
待ちかねていた声である。
これで二度めだが、ここで会う吉宗のそれは冷たい将軍家ではない。どこか、あたたかい徳川吉宗――そのむかしの紀州家のぼんち新之助のにおいすらある。
つねならば、はっと、ひとまず遠く次室で平伏すべきが通例である。ところが、越前守の足は――いや全身は、そのまま押し通るような態度で、吉宗の顔の前まで行ってしまった。
「……?」
吉宗は、唖然として、彼を見あげた。
「――越前。坐らぬか」
ついに、叱った。
しかも、越前守は、なお、突っ立ったまま吉宗を見すえて、不気味なほど、冷静にいった。
「あなたこそ、席をお退がり下さい。お敷物を払って、座をお更えねがいたい」
「な、なに」
吉宗は、耳を疑った。
ここでは、必ず、数寄屋の外に立っているはずの藪田助八も、ふと、その様子を見て、愕然と、越前守のうしろまで跳びこんで来た。そして、驚きと、殺気と、怪しみに満ちた眼で、脇差のつかを握りしめ、万一と見たら、立ちどころに、越前の背から一突きに刺し殺すばかりな身構えを示していた。