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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
Read 大岡越前 (おおおかえちぜん) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 218,436 characters · 437 screens
悲運を羨む女
そしてまた、もとの木蔭に腰をおろし、悠長に、煙草のけむりをふいていた。
悲運を羨む女
「采女。もうよいわ。……何でも話すがよい」
藪八は、部屋の障子、ふすまを閉めきって、そういった。
だが、許されても、涙ばかりで、お燕は母に、何もいえなかった。
お袖の猜疑は、藪八をすぐ、敵と見てしまった。かの女の眼じりはもう非常な決心と敵意を示していた。お燕をさえ、その眸は、憎々しげに、見てくるのだった。
「ああわかった……。お燕、おまえは、町奉行の囮になってここへ来たんだね。畜生、おふざけでない!」
「ま。おっ母さん、何を仰っしゃるんです。私が何で、おっ母さんを、釣り出そうなんて」
「じゃあ、そこにいる人間は誰さ。やはり南の与力か何かにちがいあるまい」
「いいえ、ちがいます。私の大恩人です」
「恩人だって。どうして、恩人なのか、いってごらん」
「でも、私を、まだ見ぬ私のお父さまに、会わせて下さると、仰っしゃいますもの。また、おっ母さんのお身についても」
「おだまりッ。お黙りっ。聞きたくもないよ、わたしは……」
お袖の声は、叫びに変った。お燕が――父――と呼んだたった一言からである。