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つたかずらきそのかけはし
蔦葛木曽棧
国枝 史郎
Read 蔦葛木曽棧 (つたかずらきそのかけはし) by 国枝 史郎 (くにえだしろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 335,908 characters · 669 screens
覆面の武士
殿もうなずいて呟いた。
覆面の武士
木曽の谷間の美しさは、万山の紅葉一時に染まる晩秋に越すものはないのである。岩からは滝がほとばしり、林の奥からは鹿の声が、「かえろう」「かえろう」と聞こえて来る。風も吹かぬに木の葉が散り、散った木の葉は街道筋にうず高いまでに積もるのであった。その街道を通る人も、秋はきわめてまばらであって、しかも忙しそうに歩いて行く。
そういう寂しいある夜のこと、紫の君はいつもになく、少しく蒼い顔をして、乱れた鬢を掻き上げながら、長者の門を潜って来た。
鳰鳥はいそいそと若衆を自分の部屋へ誘なったが、
「息を切らしてどうなされました?」気づかわしそうにまず訊いた。
「今曲者に逢うたのじゃ」若衆は既に沈着に声も乱さず云うのであった。「すぐ川の側の藪畳、そこまで来ると覆面の武士が、十人ほどむらむらと走り出て、私に切ってかかったのじゃ。人に怨まれる覚えはないが、はて何者と透して見たら、藪の彼方にも人影が、十人ほどごそごそ動いている。私はそこで考えた。切って棄てるは易いけれど、刀を抜くのも面倒じゃ、一つ金縛りにしてくれようと。こう手を延して、グルグルと、彼らの頭の上の方へ、一つ大きな円を画いたら、刀を持った十人も、藪の向うの十人も、そのまま居縮んでしまったのじゃ。