Japanese reading practice

Read classic Japanese books with furigana

ja-reading.com

Read classic Japanese books online with furigana. Filter by JLPT level, tap a word for the meaning, and translate a sentence.

おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

Read 大岡越前 (おおおかえちぜん) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 218,436 characters · 437 screens

Aozora Bunko

「御城外を見聞し、報告を蒐めるように」

と、老中から命が出た。

若い旗本ばかりが選ばれ、彼もそのひとりとなって、まだ余燼のもうもうたる市街へ騎馬で出て行った。

行くところ、凄惨を極めて、目もむけられない。

「あ。……ここも」

彼はふと、番町の一角に、馬を立てて、思うまいとしても、思わずにいられないものに胸を衝たれた。

お袖はどこに。わが子のお燕は? ……と。

あの化物刑部のやしきもあとかたもないのだ。土蔵らしいものも崩れ果てたあげく、そこらも焼けて、荒涼たる一面の灰でしかない。

――が、あなたこなたの、屋敷あとの大樹の蔭には、むしろを張り、雨戸をひろい、生き残った避難者たちが、遠方此方にあわれな一時凌ぎをしているのが見える。――もしやそこらにでも? と、彼は、われを忘れて、駒をとばした。

「お袖っ……。お袖っ」

かれは、満目の焼野原へむかって、こう声かぎり呼ぶことを、ただ一度だけ、我にゆるしてと、心に詫びながら呼んでみた。

たれの答えもしなかった。

彼は、灰にまみれた黒い涙のすじを頬に描いて、ヒタ走りに馬を返した。

以後、かれは人知れずにでも、お袖の名はさけばないと意志した。