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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
Read 大岡越前 (おおおかえちぜん) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 218,436 characters · 437 screens
では年暮のうちに、何かと、支度しておいて」
と、日数をかぞえたり、若夫婦のために、奥の書斎と古い一棟を、大工でも入れて、すこし手入れもせねばなどといいはじめた。
夕食のしらせに、お縫も来て、むつまじい膳の一方に加わった。けれど、お縫には、食事のたびに、近ごろ、物足らないおもいがあった。
十日ほど前から、市十郎が、朝夕とも、食事を、奥の書斎に運ばせて、家族のなかに、顔を見せないことだった。
「どうなすッたんでしょう、市十郎さまは。……ねえ、お母あ様。呼んで来ましょうか。たまには、御一緒におあがりなさいッて」
「いや。気ままにさせておけ」
忠右衛門は、顔を振った。
「夜も昼も、読書に没頭しておる様子。多少、気鬱もあろうが、若い頃には、わしにも覚えがある。抛ッとけ、抛ッとけ」
「でもお父さま。たまに私がのぞいても、とても恐い顔なさるんでございますの」
「よいではないか。勉強に熱しておると、女など、うるさいのだ」
そうかしら? ――かの女には、もっと不審もあったが、告げ口めいた事を挙げて、ほんとに父を怒らせてはならない、とも惧れた。
その不審で、いまも胸につかえている一つは、きょうの昼、薬研坂で声をかけられた――蔦屋という書肆の手代。