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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

Read 大岡越前 (おおおかえちぜん) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 218,436 characters · 437 screens

Aozora Bunko

いまは、何も申さぬ。……要らざる老人の思いすぎが、かえって、あなた様の御信念を、邪げたようじゃった。お兄上の主殿どのから、きょうお出向き先の御意志を聞いて、何とも、驚き入るばかりでおざった。さまでの、公明正大な御勇気をもって、臨まれるものとは思いも及ばず、先頃から、だんだんの御無礼、楽翁、ただ恥じ入るのみでおざる」

「なんの。御老人。越前ごときに、一命を賭しての御庇護、御知己、身に過ぎて、かたじけない御友情でござった。御温情にあまえ、縫や、子どもの医療、なお後々、よろしくおねがい申しあげる」

「ひきうけた。……御心配なく」

「では、これにて、お別れを」

駕籠は、越前守の姿を、内にかくして、門外へ出た。人々は、悵然として、いつまでも、見送った。

どこへ、行くのか。

その日、彼は、一人の従者もゆるさなかった。世を汚濁する年来の罪府の元兇を、きょうこそは、逮捕すると洩らしてここの門を出た彼。その元兇とは、いったい何者なのか、どこにいるのか。

彼以外、知る者はない。いや、師の坊鉄淵と兄の主殿と、そして極く少数だけは、知っていたらしくもあるが、それと、口に出した者はいない。