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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
Read 大岡越前 (おおおかえちぜん) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 218,436 characters · 437 screens
「…………」
越前守も、遠く、芝の上に坐して、吉宗のすがたへ、随臣の礼をとっていたが、ふと、吉宗が立つと、とたんに、五体の骨がばらばらになったように、畏れおののいて、いつまでも泣いていた。
「越前」
「…………」
「越前」
「は。……はい」
「こっちへ来い――」と、数寄屋の縁へみちびいた。が、越前は、すでに再び、かれの側へも余り近づき得ない一役人を持していた。近づきはしても、平伏した。
「なあ、越前。……そちも、わしも、考えると、えらい居場所を、生涯の坐り場所にしてしまったのう。はははは、人間としては、ちと、やり損なったぞ」
「まことに」と、越前守も、まだ乾かない顔を上げて、泣き笑いをうかべた。
「――が、これは、上様が、私にだけ冒した罪でございましょう。越前は、正直、人間として、たいへん後悔をいたしております」
「勘弁せい。生れ合せた悪縁じゃ。……心を取り直して、きょうは退がれ」
「はや、お暇つかまつりまする」
「が。……待て。……越前、死ぬなよ」
「えっ。おことばは」
「死ぬな、死ぬことは、相成らんと、申し渡しておくのじゃ。そちはさきに、奉行の名をもって、将軍家を裁いたであろう。