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ぜにがたへいじとりものひかえ
銭形平次捕物控(十四)雛の別れ
野村 胡堂
Read 銭形平次捕物控(十四)雛の別れ (ぜにがたへいじとりものひかえ) by 野村 胡堂 (のむらこどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 114,139 characters · 233 screens
この合図を受取った昔の染五郎は、何を措いても鎧の渡しを越えてお絹に逢いに行きました。
「若旦那、お楽しみですね」
そう言う渡し守の猾そうな顔を見ると、染五郎はツイ余計な酒代をはずまなければならなかったことなど――今はもう悲しい思い出になってしまったのです。土蔵の中に閉じ籠められている染五郎にしては、ここを脱け出して、川向うへ行く工夫はつきません。
こうして焦躁の幾日か過ぎました。父親六兵衛の怒りは容易に解けそうもなく、そのうちに丸屋の親類や仲人の出入りの激しくなる様子を見ると、いよいよ嫁のお絹を離別するつもりになったことが、土蔵の中の染五郎にもよく判るのでした。あれほど染五郎が目をかけてやった店中の者は、主人六兵衛の眼を怖れて一人も近づかず、三度の物を運んでくれる小僧の留吉だけは、何かと心配をしてくれますが、十三や十四の少年では、染五郎の憂悶を救う工夫もありません。
その中にたった二人、染五郎とお絹の割かれた仲に同情してくれる者がありました。一人は石巻左陣という浪人者で、丸屋の裏に年久しく住み、袋物の内職をさせて貰いながら、染五郎に道楽の指南をした中年男。