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Japanische Klassiker mit Furigana

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にっき

日記

宮本 百合子

Lesen Sie 日記 (にっき) von 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 37.447 Zeichen · 76 Bildschirme

Aozora Bunko

だから、多勢の所謂批評家が、馬鹿正直だと云いそうな正直さも、学ばなければならない。女はとっさの場合に、正直を云う方が楽か、出たら目を云う方が楽かと云えば、普通なら出たら目の方が楽と感じるのだ。それで今日話して居ても、そんな感じを少しだけれども強められた。

感情の教練が、不足だと云うこと、それは私共ばかりでなく、又日本人ばかりでなく、世界中の人間がそうかもしれない。愛情に対して、私共はまだまったく無智だと云ってもよい。とくに私共を育てようとしたこともある今までの道徳は、偏見を持って居る。孔子様は、所謂道学者達が、ああ云う思想で伝えられた通りの考えを持って仰云ったとは思えない。もっと偉かったのだ。けれどもあやまられて、考えられて居る。が、あやまっても何でも、東洋の道徳の殆ど源泉となって居るほどの魅力を持って居ると云う丈でも孔子様は偉い。それは、日蓮と団扇太鼓のようなもので、統一力の点から云ったところで、矢張り彼は偉いのだ。けれども、私は、キリストでも何でも人間だと云う考はすてられない、「イエスは神なり」は私にとっては違って居ると思う。少くとも今は。

家へ帰る前に、どうせおよりしなければならないのだからと思って小此木さんによったが、大変不愉快な思いをした。