Classiques japonais avec furigana
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じろきちこうし
治郎吉格子 名作短編集(一)
吉川 英治
Lisez 治郎吉格子 名作短編集(一) (じろきちこうし) de 吉川 英治 (よしかわえいじ) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 178 609 caractères · 362 écrans
――内儀は、さっきから、見まいとしているそこの物に、また、慄然として、唾をのんだ。
初めから――かの女は、知っていた。
それは、役人より早く、女たちの眼を、吃驚させた影だった。みんなが、きゃっといって、逃げる突嗟に、兵部の後ろへ廻って、屈み込んだのである。兵部は、とたんに、刺客の一人かと――鋭い眼を投げたが、同心との対話のうちに、何もかも、解けたらしく、知らぬ顔を装っていた。
けれど、気のつよい、船宿のお内儀の背すじを凍らせたのは、その人影でも血刀でもなかった。――それは、兵部が同心と話している間に、極めて、ひそやかに、ある目的を遂行していた暗闇の動作である。作業である。
憎むが如く、笑うが如く、また泣くが如く――そこに屈んでいた人間は、女の生首を、手から、転がして、また頬摺りをした。そして、すばやく小柄をもって、丁字の根を、掘りかえして、生首を埋けてしまったのだった。
――そこへ。
絢爛な女小袖が、ふわと、落ちたので、男は、それを頭からかぶると、
「武士のお情け――」
四尺ばかり、進んで、兵部のすぐ後ろへ、ひたと、両手をついた。
「どなたか存ぜぬが、忘れはいたさん」