후리가나로 읽는 일본 고전
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はいくへのみち
俳句への道
高浜 虚子
高浜 虚子의 俳句への道(はいくへのみち)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 60,608자 · 120화면
私の標語
花鳥諷詠
落選という鞭はその人に力を与える。選抜ということはその人に進むべき方向を指示する。
一たび塾生となった者には絶えずその句の動向に注意を払う。
その鞭にあきたらずして塾の外に飛出した者はその行動の自由であることを喜ぶであろうが、その喜びは暫くのことであろうと思う。
私は斯の如くして『ホトトギス』の塾生諸君を引連れて四、五十年の月日を閲した。
『ホトトギス』以外の選句でも同じことである。(『玉藻』、二七、一一)
私の標語
花鳥諷詠
花鳥諷詠ということを言ったのは随分古い事になる。俳句は季題に拠る詩である。従って季題諷詠の詩であるといってよい。季題を花鳥の二字で代表すれば花鳥諷詠といって差支えない。という所から花鳥諷詠という言葉は出たのであった。これは当然俳句そのものの性質をいった言葉であるから誰も異存のあるはずはないと考えて居る。
ところが世間には私に反対する者も沢山あるし、また徒らに理論を好む人も沢山ある。従って花鳥諷詠の花鳥という二字を狭く解釈し、また諷詠の二字を狭く解釈し、これを非難する人も沢山あるようである。
これはやむをえない世間の常態である。私という者が俳壇に存在する限り非私なる者も俳壇に存在するのは当然である。