후리가나로 읽는 일본 고전
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はいくへのみち
俳句への道
高浜 虚子
高浜 虚子의 俳句への道(はいくへのみち)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 60,608자 · 120화면
慧眼の士のみ
この諷詠ということを忘れては発句も脇句もない。天高く地広く、諷詠を擅まにするところに俳諧の精神があるのである。一旦諷詠ということを忘れ去った時にはそこに俳諧はない。
俳諧の発句が独立して今日の俳句になったのである。俳句もまた諷詠の文学である。諷詠がなかったら詩という性質を忽ち失ってしまう。
諷詠する時の高揚したる精神は、自信に満ちた、天地と共にあるが如き気宇快濶なものである。(『玉藻』、二九、一)
慧眼の士のみ
私も常に俳句の新しい事を希って居ることは人後に落ちない。しかしそれは何処までも俳句としての新しさである。俳句でないものの新しさには関係ない。俳句そのものの本来の性質から逸脱したものの新しさには重きを置かない。どこまでも俳句らしい俳句、そういうものの新しいことを冀って居るのである。
たとえば、この頃の社会問題では、労働問題などが先ず重大な問題であろうが、しかしながら、それを俳句として取扱うという事になると疑問がある。尠くとも俳句でそれを取扱うことは、他の文芸で取扱うのに較べて幾多の不便がある。十七字という事、季題という事、それらは決してその問題を取り上げてゆくのに適当な形の文芸という事は出来ない。