일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

こどもふどき

こども風土記・母の手毬歌

柳田 国男

柳田 国男의 こども風土記・母の手毬歌(こどもふどき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 142,761자 · 278화면

아오조라 문고

八、連尺あきない

奥羽地方へゆくと、家々の若い働き手をカリコというが、これもかるい子で、かるうのが、かれらのおもな仕事だったからである。江戸の町にも元はカルコという者が多く住んで、引越しその他の運搬にやとわれていたらしく、今も軽子坂という地名がのこっている。ちょうど牛込見付と飯田橋とのあいだを、北へ登って行くほそい坂道がそれで、馬はいくらも使える江戸のような土地でも、やはり人の背を借りたほうが、べんりな場合がいくらもあったのである。

八、連尺あきない

このついでに今一つ、江戸の古い町の名で、東京になるまでのこっていた、神田の連雀町という地名も、もとは運送業者の住んでいたところであった。これは明暦三年の大火事に焼けて、今までそこに住んでいた人たちを、西の郊外にうつして村を立て開墾させた。それが三鷹の駅の近くにある連雀という村だったということが、古い書物には書いてある。百余年以前には、村の戸数が上下をあわせて百六、七十、まだその以外にも同じ火災のあとで、利根川の川口に近い新田場へ、疎開させた家が数十戸もあった。これが全部みな連雀を職業にしていたのではなく、もうその頃にはいろいろの人が入りまじって住んでいたのかも知れぬが、ともかくも連雀は背に物を負う方法の一つであり、それがちょうどこの大火のころから、だんだんとこの大都会には、入用