후리가나로 읽는 일본 고전
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はいくへのみち
俳句への道
高浜 虚子
高浜 虚子의 俳句への道(はいくへのみち)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 60,608자 · 120화면
全然未知の世界のものが頭をもたげてくるということはあり得ない。十七字、季題という鉄索にしばられている俳句にあっては、或範囲内のことに限局されている。これは俳句の運命である。俳句の月日は徒らに流れているのではない。それは何らかの道を辿って今日に来ているのである。例えば芭蕉の思想も、突として芭蕉に創まったものではなくて、既に何百年か前の、連歌の宗祇の思想に根ざしている。否々、その思想は古き仏教の思想である。宗祇や芭蕉の旅行癖も、古き仏者の樹下石上の修行を踏襲したものとも言える。
世にふるも更に時雨の宿りかな 宗祇
という句に対して
世にふるも更に宗祇の時雨かな 芭蕉
という句がこれを証明しているように、芭蕉もそれを認識し告白しているのである。その宗祇時代から芭蕉に至るまでの間には宗鑑、守武、貞徳、宗因等の時代を経ているのである。また芭蕉以後蕪村、一茶、子規を経て今日に至る。今日の客観描写といい花鳥諷詠というものもまた元禄時代に遡り、殊に凡兆に遡る。また芭蕉に遡り、蕪村に遡る。
芭蕉忌や遠く宗祇に溯る 虚子
ここにおいてか、先に子規のいわゆる「木登りをしている子供」