후리가나로 읽는 일본 고전
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ふたばていよだん
新編 思い出す人々
内田 魯庵
内田 魯庵의 新編 思い出す人々(ふたばていよだん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 215,401자 · 427화면
渠らの人物がどうのこうのというよりはドダイ小説や戯曲を尊重する気がしなかった。坪内逍遥や高田半峰の文学論を読んでも、議論としては感服するが小説その物を重く見る気にはなれなかった。
私が初めて甚深の感動を与えられ、小説に対して敬虔な信念を持つようになったのはドストエフスキーの『罪と罰』であった。この『罪と罰』を読んだのは明治二十二年の夏、富士の裾野の或る旅宿に逗留していた時、行李に携えたこの一冊を再三再四反覆して初めて露西亜小説の偉大なるを驚嘆した。
私は詞藻の才が乏しかったから、初めから文人になれようともまたなろうとも思わなかった。が、小説雑著は児供の時から好きでかなり広く渉猟していた。その頃は普通の貸本屋本は大抵読尽して聖堂図書館の八文字屋本を専ら漁っていた。西洋の物も少しは読んでいた。それ故、文章を作らしたらカラ駄目で、とても硯友社の読者の靴の紐を結ぶにも足りなかったが、其磧以後の小説を一と通り漁り尽した私は硯友社諸君の器用な文才には敬服しても造詣の底は見え透いた気がして円朝の人情噺以上に動かされなかった。古人の作や一知半解ながらも多少窺った外国小説(その頃ゾラやドウデも既に読んでいた)でも全幅を傾倒するほどの感に打たれるものには余り多く出会わなかったから、私の文学に対するその頃の直踏は余り高くはなかっ