후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
ふたばていよだん
新編 思い出す人々
内田 魯庵
内田 魯庵의 新編 思い出す人々(ふたばていよだん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 215,401자 · 427화면
四 文士劇の先駆、黄鶴楼の芝居
と披露し、前記の劇雅堂緑芽と紅葉とは「当号限り退社す」と広告して、編輯人尾崎徳太郎の名を除いた。が、尾崎徳太郎は退社しても紅葉山人は依然社幹の名を列ねて小説を続載していたので、裏面の消息はこの広告の中に明かに読まれた。
四 文士劇の先駆、黄鶴楼の芝居
判然とは覚えないが、たしか二十三年の春であった。小石川水道端の黄鶴楼で硯友社の芝居があった。黄鶴楼というはその頃区長をした小石川の素封家佐藤氏の邸で、氏の子息が硯友社員であった関係から借りたのである。無論、劇についての特別の抱負があったわけでなく、いわば夷子講の茶番のようなものであったが、左に右く文士劇の先駈をしたので、何事にも新らしい試みに率先した当時の硯友社の意気を窺う事が出来る。
今なら舞台監督兼作者となったのが水蔭で、一番目の『積る怨切子燈籠』という半世話物の仇討劇も二番目の何とか太平記といった大塔宮の吉野落を材とした一幕物も皆水蔭の書卸しであった。水蔭は舞台監督と作者とを兼ねた上に尾上江見蔵と名乗って舞台にも登場した。水蔭は今では専門劇作者となってるが、この時分からの劇道熱心家であった。
黄鶴楼の庭前に作った仮舞台と面して見物席に充てたのは二タ間続きの大広間であって、二、三百人のお客がギッシリ詰った。