후리가나로 읽는 일본 고전
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ふたばていよだん
新編 思い出す人々
内田 魯庵
内田 魯庵의 新編 思い出す人々(ふたばていよだん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 215,401자 · 427화면
十一 画人椿岳
椿岳の画才及び習画の動機
大抵のお客は挨拶にマゴマゴしてしまった。その頃であった、或る若い文人が椿岳を訪ねると、椿岳は開口一番「能く来なましたネエ」と。禅の造詣が相当に深いこの若い文人も椿岳の「能く来なましたネエ」には老禅匠の一喝よりもタジタジとなった。
椿岳の畸行は書立てれば殆んど際限がないくらい朝から晩までが畸行の連続であった。芸術即生活は椿岳に由て真に実現されたので、椿岳の全生活は放胆自由な椿岳の画そのままの全芸術であった。それ故に椿岳の画を見るには先ずその生活を知らねばならないので、その生活を知って然る後に初めてその画の真趣を理解する事が出来る。椿岳の画の妙味はその畸行と照応していよいよ妙味を深くする感がある。
十一 画人椿岳
椿岳の画才及び習画の動機
椿岳の実家たる川越の内田家には芸術の血が流れていたと見えて、椿岳の生家にもその本家にも画人があったそうだ。椿岳も児供の時から画才があって、十二、三歳の頃に描いた襖画が今でも川越の家に残ってるそうだが、どんな田舎の百姓家にしろ、襖画を描くというはヘマムシ入道や「へへののもへじ」の凸坊の自由画でなかった事は想像される。椿岳の画才はけだし天禀であったろう。