후리가나로 읽는 일본 고전
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ふたばていよだん
新編 思い出す人々
内田 魯庵
内田 魯庵의 新編 思い出す人々(ふたばていよだん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 215,401자 · 427화면
が、二葉亭の文学というは人生に基礎を置く文学であって、単なる芸術一天張の享楽主義や遊蕩三昧や人情趣味の文学ではなかった。即ちビェリンスキーの文学、ゴンチャローフの文学、ドストエフスキーの文学、ツルゲーネフの文学であって、京伝の文学、春水の文学、三馬の文学ではなかった。
然るに当時の文壇は文芸革命家をもて他も許し自らも任ずる春廼舎主人の所説ですらが根本の問題に少しも触れていない修辞論であって、人生問題の如きは全く文学と交渉しないものと思われていた。例えば『浮雲』に対する世評の如き、口を揃えて嘖々称讃したが、渠らの称讃は皆見当違いあるいは枝葉末梢であって、凡近卑小の材を捉えて人生の機微を描こうとした作者の観照的態度に対して批判を加えた者は殆んど一人もなかった。尤もこの二葉亭の目的は失敗していたが、その失敗を認めて考察の足りないのを痛切に感じたのは作者自身であって、世間一般の読者は(文壇の審判官たる批評家でさえも)作者が油汗を流した人生の観照には全く無関心没交渉であった。如何に感嘆されても称讃されても藪睨みの感嘆や色盲的の称讃では甘受する事が出来ないで、先ず出発の門出からして不満足を感ぜざるを得なかった。