후리가나로 읽는 일본 고전
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ふたばていよだん
新編 思い出す人々
内田 魯庵
内田 魯庵의 新編 思い出す人々(ふたばていよだん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 215,401자 · 427화면
当時の文章教育というのは古文の摸倣であって、山陽が項羽本紀を数百遍反覆して一章一句を尽く暗記したというような教訓が根深く頭に染込んでいて、この根深い因襲を根本から剿絶する事が容易でなかった。二葉亭も根が漢学育ちで魏叔子や壮悔堂を毎日繰返し、同じ心持で清少納言や鴨長明を読み、馬琴や京伝三馬の俗文学までも究め、課題の文章を練習する意で近松や馬琴の真似をしたり、あるいは俗文を漢訳したり漢文を俗訳したりした癖が抜け切れないで、文章を気にする文章家気質がいつまでも失せなかった。一面には従来の文章型を根本から破壊した革命家であったが、同時に一面においてはまた極めて神経的な新らしい雕虫の技術家であった。
自分は小説家でないとか文人になれないとかいったには種々の複雑した意味があったが、自ら文章の才がないと断念めたのもまた有力なる理由の一つであった。二葉亭の作を読んで文才を疑う者は恐らく決してなかろうと思うが、二葉亭自身は常に自己の文才を危んで神経的に文章を気に病んでいた。文章上の理想が余り高過ぎたというよりも昔の文章家気質が失せなかったので、始終文章に屈托していた。