후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
ふたばていよだん
新編 思い出す人々
内田 魯庵
内田 魯庵의 新編 思い出す人々(ふたばていよだん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 215,401자 · 427화면
が手伝っていたのである。二葉亭は何事についても右といえば左、左といえば右という一種の執拗な反抗癖があって、終局の帰着点が同一なのが明々白々に解っていても先ず反対に立って見るのが常癖であった。如何なる得意のものでも褒められると苦い顔をして、如何なる不得意のものでも貶されると一生懸命になって弁明した。仮にもしその欲する如くに政治家または実業家として相当の位置を作らしめたなら、その時は恐らく余は政治家に非ず、実業家に非ずといったかも知れない。これが即ち長谷川辰之助の存在の声であったのだ。
尤も文学を嫌って実際界に志ざしたは強ちこの一癖からばかりでなく、実際方面における抱負も或る人々の思うように万更詩人的空想から産出したユートピヤ的あるいは志士気質の自大放言ではなかった。ちょっと聞けば馬鹿々々しい浦塩の女郎屋論でも、底を叩くと統計やら報告やら頗る周到細密な数字的基礎があった。殊に北京から帰朝した後の説には鑿々傾聴すべき深い根柢があった。無論実際の舞台に立たせたなら直ぐ持前の詩人的狷介や道学的潔癖が飛出して累をなしたであろうが、それでももしいよいよその方面に驥足を伸ぶる機会が与えられたら、強ち失敗に終るとも定められなかった、あるいは意外の功を挙げないとも計られなかった。