후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
ふたばていよだん
新編 思い出す人々
内田 魯庵
内田 魯庵의 新編 思い出す人々(ふたばていよだん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 215,401자 · 427화면
もし小説に仮托するなら矢野龍渓や東海散士の向うを張って中里介山と人気を争うぐらいは何でもなかったろう。二葉亭の頭と技術とを以て思う存分に筆を揮ったなら日本のデュマやユーゴーとなるのは決して困難でなかったろう。が、芸術となると二葉亭はこの国士的性格を離れ燕趙悲歌的傾向を忘れて、天下国家的構想には少しも興味を持たないでやはり市井情事のデリケートな心理の葛藤を題目としている。何十年来シベリヤの空を睨んで悶々鬱勃した磊塊を小説に托して洩らそうとはしないで、家常茶飯的の平凡な人情の紛糾に人生の一臠を探して描き出そうとしている。二葉亭の作だけを読んで人間を知らないものは恐らく世間並の小説家以上には思わないだろうし、また人間だけを知ってその作を読まないものは、二葉亭を小説家であると聞いて必ず馬琴の作のようなものを聯想せずにはいられないだろう。
こうした根本の性格矛盾が始終二葉亭の足蹟に累を成していた。最一つ二葉亭は洞察が余り鋭ど過ぎた、というよりも総てのものを畸形的立体式に、あるいは彎曲的螺旋式に見なければ気が済まない詩人哲学者通有の痼癖があった。尤もこういう痼癖がしばしば大きな詩や哲学を作り出すのであるが、二葉亭もまたこの通有癖に累いされ、直線に屈曲を見出し平面に凹凸を捜し出して苦んだり悶いたりした。