일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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こどうひゃくわ

胡堂百話

野村 胡堂

野村 胡堂의 胡堂百話(こどうひゃくわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 124,386자 · 248화면

아오조라 문고

中学時代

名優ということからいったら団十郎が上かも知れないが、私は菊五郎の方が、はるかに印象が強烈である。その菊五郎が、明治三十六年の早春に倒れ、先代梅幸と六代目菊五郎が曽我兄弟の五郎十郎で追善興行を営んだ時は、観客はみんな声を出して泣いた。しかも、同じ年の九月には、団十郎も没し、芝居道も、終りかと思われた。

あとに残ったのは、ロクなのは、いやしない。だから我々が模範を……と、劇評家たちが娑婆ッ気を起すことになり、それが文士劇に発展したのは、前に書いた通りである。

中学時代

私が舞台に立ったのは、捕物まつりの余興に、唯の一回だけ……といったのは、厳密にいえばウソである。東京へ出て、社会に立ってからは、確かに一回だけであるが、郷里の盛岡中学となると話は別だ。

盛岡名物の猪川塾漢学の猪川静雄老先生のところに、私はあずけられていた。私塾でもあり、小型の寄宿寮でもあり、県下から出て来た中学生は、大抵、こういう塾に起居していた。そこの二階で、こともあろうに芝居ごっこが、おっぱじまったのだから、大変である。

火つけ役は、のちに活動の弁士になった山田敬一だったことは、間違いない。