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やまびこおとめ

山彦乙女

山本 周五郎

「夕刊朝日新聞」1951(昭和26)年6月18日~9月30日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,360 字 · 251 页

青空文庫

「わかったよ、なにもそう眼を剥くことはないさ」

「眼をどうしたって」

「おれの薬園の仕事だって、それとさして違いはしない、さきにわかっていたら断わるんだが、主馬の忍耐につきあって」

こう云いかけて、半之助はふり返った。

おいそと正木の賑やかな声が聞え、階段をあがって来る足音がした。主馬は、すべて内密、という眼くばせをし、盃を取った。正木重兵衛と、松室泰助がはいって来た。

「遅刻したですかね」

正木は汗まみれの顔で、せかせかと云った。

「いそいで来たんだが、木挽橋のところで喧嘩があってね、侍と犬なんだが」

「またばかなことを」

「いや本当だよ」重兵衛は袴をぬぎながら、「犬が吠えついたんで、侍が怒ったらしい、癇持ちなんだろう、まっ赤になってね、自分は犬が好きで、迷子ののら犬にさえ自分の食物を分けてやっている、できものだらけで毛の剥げちょろけたような犬でさえ、自分はつい頭を撫でてやらずにはいられない、自分にとっては犬は友人以上のものである、にも拘らず、自分に対して吠えるというのは、なにごとであるか、自分のどこが悪いか、どこが怪しいかって、むきになってどなってる、犬のほうは聞いてやしません、ただもうわんわん、むやみにわんわんね」