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やまびこおとめ
山彦乙女
山本 周五郎
「夕刊朝日新聞」1951(昭和26)年6月18日~9月30日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,360 字 · 251 页
こういう客のなかには、小屋から渡り廊下で、山村座の座ぬし、長太夫の住居へいって、そこで役者を相手に、酒宴をする者があり、それがしだいに殖えるばかりなので、数年まえ、河岸ぞいに、二階造りの座敷を建て増した。木内文蔵という狂言作者の妻で、お勝というのが采配役になり、女中も五人ばかり、置くようになった。
半之助の父は芝居が好きで、気にいった狂言だと、ひと興行に五度も七度も通った。座主の長太夫も、父の死ぬまでは、一つ木の家へよく出入りしたものである。
彼が一人で来はじめたのは、一年ばかりまえからであった。それも芝居を見るよりは、酒を飲んだり、ものを喰べたりするほうが主で、友達もつれてゆくし、独りでもしげしげいった。自分の家以外で、当時そんなふうに、くつろいで飲み食いのできるのは、遊里や岡場所を除くと、まず芝居茶屋しかなかったし、そこには、ほかとは違った一種の気分、……華やかさとものかなしさ、活気にわき立っていながら、ふとおそってくるはかないような佗しさ。そういうものがあって、彼にはつよい誘惑であった。
「あらお珍しい」
女中のいそがとびつくような声をあげた。