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かげおとこ
影男
江戸川 乱歩
「面白倶楽部」1955(昭和30)年1月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,133 字 · 310 页
底なし沼
それから、さらに細部にわたって打ち合わせをすませてから、ふたりは観覧車を出て、花屋敷の入り口で、さりげなくわかれを告げた。
底なし沼
世田谷区榎新田には、まだ畑がたくさん残っていた。収穫物のためではなくて、土地の値上がりを待っていて、地主がなかなか手離さないからである。その中にちらほら新築の住宅が散在していたが、まだ住宅街を作るにはいたっていない。住宅と住宅とのあいだが、半町も一町もへだたっているような寂しい一郭であった。
その畑を見おろす高台に、一軒の広壮な新築の邸宅があった。築地塀に似た屋根つきの土のへいをめぐらした広い敷地の中に、うっそうたる大樹に囲まれて、純日本ふうの二階家が、あたりを睥睨するようにそびえていた。
この大邸宅は、付近で榎御殿と呼ばれていたが、そこの主人公は戦後擡頭した製薬会社の社長で、まだ四十そこそこの毛利幾造という億万長者であった。
毛利氏はこのほど、倍率十二という高価な双眼鏡を買い求めて、二階座敷から、毎日のように、目の下の畑地をながめていた。その畑地のまんなかに、百坪ほどの地所が、地ならしをされ、新しい板べいで囲まれているのが見えた。