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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页
古くは天体ばかりを仰いで路を歩いて溝に落ちたタレスや、近くは日露戦争を知らなかった帝大の物理学者などがその例に引かれる。科学を社会生活と無関係な高遠なものと決めてかかっているのである。こういう考えが如何に無知の現われであるかは云うまでもないので、現にタレスは相場で金を儲けたし、例の物理学者は後には最も政治的手腕のある大学総長になっている。自然科学者は今日、決してそんなに非常識ではない。それどころではなく、彼らは例の迷信を極めて有利に利用する程、それ程賢明なのである。世間が科学や技術を中立的な超政治的なものだと決めている迷信を利用して、自己の政治的局外中立を合理化そうと力める。科学は純粋でなければならぬ、政治的関心は云うまでもなく、啓蒙的な興味やジャーナリスティックな意図をさえ、もつ必要がないし又持ってはならない、と彼らは宣言する。併し実際には科学者は科学をそういうものとして自覚しているのではない。その点で科学者は素人と完全に区別されるだろう。彼らはその中立的な超政治的な労作を、如何に現代社会の支配勢力のために寄与せねばならぬかということを、充分知っている。