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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页

青空文庫

25 日常性について

一

かつてアラビヤ医学やスコラ医学が神聖であって、解剖上の研究や実際の診療活動はどうでも良かったように、今日の官許医学乃至医術は、大衆に対する社会的診療とは殆んど何の関係もない程神聖なのである。各種のインチキな所謂民間療法はこの神聖医学に対する無知な怨嗟の声に他ならない。こうして現在では二種類の俗物医学が存在するのである。「医博」が社会的にどういう俗物さを意味しているかは読者の研究に一任していいと思う。

(一九三四・六)

25 日常性について

一

私は、現在に於ける新しい型の俗物に就いて述べた(「24 俗物論」)。その主旨は、今日みずから超俗物を以て任じたり、超俗さを有難がったりすること自身が、何よりも著しい俗物の特色だ、ということにあったのである。なぜワザワザそんなことを云い出したかというと、そういう逆説的な僧侶的俗物が、可なりの程度に現在この世の中で幅を利かせている現状を見るからである。で、もう少しその話しを続けたいと思う。――尤もそうした俗物のことは実はどうでもいいので、私は、説明したいと思っている或ることを今説明すればいいのである。

考えて見ると、最も俗物的に理解されている近代哲学的用語の一つは日常性という言葉である。