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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页

青空文庫

三

(ここで哲学の仕事が批判=批評=評論にあると云ったことは、無論決して例の批判主義の主張を指しているのではない。又批判は実証≪ポジティブ≫に対する消極≪ネガティブ≫を意味するのでもない。一般に存在理由のある必要なものは消極的だとは云えないからだ。それからやや似た点だが、批評と云っても単に手を拱いて徒に眼ばかり肥えて高くなった実行上の無能力を意味するのでもない。最も根本的な批判は実際上の克服だ、というテーゼは今日の常識の一つに数えられていいだろう。)

三

哲学の社会に於ける存在理由=科学的機能を辿ると、こうした批判=批評=評論に帰着するが、ここが又丁度、ジャーナリズムの帰着点でもあったのだ。だがジャーナリズムとは一体何か。改めて之を辿って見る。

ジャーナリズムという言葉は、可なり妙な意味合いを持たされて、世間にマンネライズされているようだ。甚しいのになると、新聞や雑誌に例えば原稿などを送って生活する際の、その原稿や生活をジャーナリスティックだと呼んでいる。そして場合によっては、之が科学上の、又科学者生活上の、欠陥だとさえ考えられている。この際ジャーナリズムというのは、文筆上の或いは印刷・展覧・演出・等々上の商業主義を意味しているので、ジャーナリズムは何か一つの好ましからぬ又は好ましい主義或いは状態を指すもの