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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页
処でこの中心が、単に外見上の中心に過ぎず、自分自身が勝手に移動し、結局自分自身が遠心的に浮動する場合、即ち観念狂奔(Ideenfl※(ダイエレシス付きU小文字)chtigkeit)と観念膨漫(Ideenextravaganz)の場合が、ユーモアの第一の場合で、前者は例えば駄洒落とかスピード型ナンセンス、後者はふざけることや誇張型ナンセンスの類である。この第一の場合は一般に現実からの逃避の意識を満足させるもので、逃避的満足感は陶酔的なものから覚醒的なものに及んでいるが、覚醒的なものも「いい気な」「いい気持ちの」甘く楽観的な色彩を持っている。人々は笑って忘れることが出来るのである。
処が次の第二の場合になると、無限定な観念の中心はもはや浮動せずに静止し、そこに一定の落ち付きが見出される場合である。この場合人々は現実から故意に逃避するのではなく、即ち特殊な楽天的逃避界を創造するのではなく、却って現実にありのままに、面接する勇気を有つ。だが現実は少しも分解されるのではなくて、そのまま有態に、鵜呑みにされる。第一の場合のように観念中心が現実につき当るのを避けるために勝手に自分を移動させるのではなく、観念中心は悠々と安坐しながら、逆に現実をば観念の周辺的フリンジによってしゃくい上げる。