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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页
彼を解説したり解釈したり評価したりしている人は他にいくらもあるし、又今後も多少は続いてそういう人達が現われるだろう。だがこの少しの知識によっても、たといシェストーフそのものの具体的な内容は知れなくても、少なくとも、「シェストーフ的なもの」の大体の見当は、他の色々の思想現象との関係から、つくと云っていいようだ。
というのは、実際現在意味を持っているのは、必ずしもシェストーフその人の思想ではなくて、正にシェストーフ的なものであり、例えば「シェストーフ的不安」だとか、シェストーフ的な評論の構えとかいうものであり、そして之は更に実は必ずしもシェストーフ的なものそのものである必要さえもないので、つまり現代における思想のエーヤポケット(併し思想というものが何を意味するかに根本問題があるということを予め注意しておこう)を充たすべき或る尤もらしいものでさえあればいいので、例えば不安の文学とか(之は思想の無内容そのものを無理に内容化したものだ)、現実とか(何と又之は都合のいい言葉ではないか)、誠実とか真実とか(全く薄弱な範疇だが)、凡そそうした世界的現実性(ゲーテのファウストならば第一部にはなくて第二部で初めてテーマになるものだ)において稀薄なエーテル的サブスタンス(?)が必要なのである。