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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页

青空文庫

ニーチェをテーマとした文章や刊行物があまりジャーナリズムの上で盛大でないから流行していないというのである)。もしシェストーフの一種の解釈家が、シェストーフ的不安をハイデッガー的不安と結びつけることを許すなら、そしてこのやり方でシェストーフは通用性を相当の程度に拡大されたのだが、それならなぜ同様にキールケゴール的なものが流行しないのだろうか。で結局、シェストーフのわが国における今日の流行には、可能的ケースの比較商量から云えば、多分の偶然性が、そして多分の主観性さえが、介在しているのに気がつく。

ロシアに十月革命が来た。シェストーフは逼迫を感じて数年にしてフランスに亡命する。それから、N・R・Fに筆を取る。そしてわが国に紹介される。そこで初めて、シェストーフが、ニーチェでもなくキールケゴールでもなくて正にシェストーフが、わが国で流行するということになる。反ソヴェート的なものとして、シェストーフ的なものを取り上げたということには、一方当時のヨーロッパにおける国際的な関係に由来し今一方現下の日本における国内的な情勢に由来して、政治的に又文学的に、非常に必然なのだが、それが特にシェストーフの名によらねばならなかったという事情に就いて云えば夫は偶然なものに他ならず、更に又、この偶然的なものに最後の望みのようなものを