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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页
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処が注意すべきは、この行動主義が主観的にどんなに反ファシズム的意識によって動機づけられていようとも、それが反ファッショ的反抗となって現われる以前の資格であった反マルクス主義的意識は、主観的に到底払拭されるべくもないという事実である。そして而も、それが元来マルクス主義なるものに対する認識不足による錯覚から出発したのだったから、この反マルクス主義的意識によっては、マルクス主義とは他でもない、極めて一般輪郭的な面をごく卑俗な通念による処の「マルクス主義」でしかあり得なかった。このことは、少しも怪しむに足りないだろう。マルクス主義と云えば何かレディーメードな着物のような一様な公式主義的なものだと、この自由主義は決めてしまっていたのであり、又今でも現にそう見える部面を多分に示している。
だが云うまでもなくマルクス主義と通称されているものにはピンからキリまであるばかりでなく、活きた情勢を摂取しつつそれは刻々発展すべきものなのだし、又現にそうして発展して来ているのである。ひとり文学の領域に於てばかりではなく、哲学の世界に於ても、諸科学の世界に於ても、マルクス主義は具体化されて来つつあるか、或いは少なくとも具体化されるべき必要が具体的に自分自身の内から強調されているというのが現状なのである。