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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页
ただ私には(小林式に云い表わせば)、パラドックス自身のパラドックスが問題になるのであって、この興味から云えば小林のパラドックスがパラドックスの資格を持っているかどうかを元来怪しむものだ。なぜなら彼のパラドックスは、事実や真実のパラドックスであるような顔をしていながら、実に単にレトリックの上の一形式に過ぎないのだということを暴露しているからである。
で私が小林に魅力を感じるのは、実は彼のパラドックスではなくて、パラドックシカルな彼のレトリックなのである(レトリックは修辞法などと訳せば尤もらしいけれども、中学校でやる作文のことだ。但し相手を見て、態度を決めるというアリストテレス風のレトリック――人間学の始まりが之だ――も、小林にはあるので、それは後で触れよう)。なぜなら見給え。ああパラドックスをやたらに無節度にベタベタと並列させられては要するに凡てのパラドックスが平均されて了って、何等のパラドックシカルな運動も発生しはしないではないか。彼の過剰なパラドックスは、だから、殆んど全く対句と同様な資格で使われているに過ぎないのである。
「無秩序は当然秩序への希望を生む。