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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页

青空文庫

(「健全な理性」「健全な常識」と熟語をなしている)は、前に云った「平均値的知識」とあまり変らないように見えるかも知れぬ。だが第一、知識というものと見解というものとは、相当区別されねばならぬものだ。世間には知識を沢山有っているにも拘らず、否あまり沢山の(恐らく大部分無用な)知識を有っているが故に馬鹿になっている人間も少なくない(アカデミック・フールと呼ぶ)。と共に、知識に於ては平均値的な水準に止まっていても、その見識に於て卓越したものも多い。学究必ずしも政治家でないのも理由がある。単なる教養と意志や性格の形成とが、区別されるのにも意味があろう。で知識の高さと見解の高さとは別のことなのだ。それから第二に、健全性というものも一種の平均値的水準のことに過ぎないではないか、と云う人があるかも知れない。見解の健全性とは、要するに社会的平均値に相応する見解のことだろう、と考えるかも知れない。之は併し全くルーズな連想によるもので、一体健康というものを考えて見ると、夫は決して、丈夫な人間や病人やの平均値ではなかろう。身体のノルマルな状態を健康と呼ぶからと云って、ノルマルなものは平均値的だとは云えまい。