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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页
だから文字が超俗的な神聖物ということになっていて、坊間の被支配者的俗物が近寄ってはならない点そのものに、その価値があったのである。そこでこの神聖文字と結びついた僧侶的、貴族的、呪文としての用語が、神聖言語となり、之に反して被支配者の日常生活の利益を促進するための言葉は俗語となった。
云うまでもなくラテン語は神聖で、普通市民のロマン語は俗物的だったのである。ドイツ・ロマンティックの後期に至るまで、ドイツの大学のペダンティックな文学書生は(之が今日のアカデミック・フールの先駆者である)、ラテン語で「文学」を論じたものらしい。だが土木技師と間違われたり哲学者とは茶を飲まなかったりした新興ブルジョアジーの「俗物」カントは、すでにその所謂批評期に這入るとすぐからドイツの市民語で哲学を書き始めた。フランスではデカルトが俗語哲学者の祖と思われる。不思議な偉大さを持っているダンテは、最も古く俗語の「詩」を書いて、文学的な市民イタリア語の建設者となった(ダンテの「俗語論」というのがあるがまだ読んだことがない)。
ロマンスという文学形式がロマン語市民の俗な恋文から発したことはとに角として、ダンテで思い出したことは彼の『神曲』