轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页

青空文庫

ジャーナリズムに食いついたり食いつこうとしている人間の内には、無知なくせにマセた人間も特に少なくないだろうから、資本主義的ジャーナリズムやジャーナリストがアカデミシャンから軽視されたり軽視するような態度を採られたりするのも無理ではないが、併し日常生活が哲学的に問題にされなくてはならぬとすれば、時事性を中心とするジャーナリズム現象が哲学上又文学意識上の切実な実際問題になる所以が判らない筈はあるまい。ジャーナリズム現象乃至新聞現象に対して、どれだけの哲学的な関心を示すかによって、その哲学なり文学なりの、水準を知ることも出来る位だと私は見ている。

日常性という問題が、こうした時局の問題にすぐ様結びついているという明白な日常生活の現実(尤もこうした現実は自称理論家や自称文学者にとってはあまり気づかない現実なのだが)を眼の前にして、日常性が世間大衆の平均的なイージーゴーイングな生活様式だとか何とかいうようなことにばかり話を持って行って、誰も彼もそこで足踏みしているのは、彼等が僧侶ででもない限り、余程どうかしていると云わざるを得ない。

神学とか形而上学とか文学主義的文学意識と云っていいものとかは、その使う範疇が単なる解釈用の範疇を出ないもののことをいうのであるが、この解釈の範疇は、時事的現実の実際問題に対しては、茫然