轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页

青空文庫

四

それどころではなく、之は寧ろジャーナリズム独特の権限にぞくする能力を暗示しているのであって、ジャーナリズムは日常的・時事的で実際的(actual)なことをこそ生命とする。実際的なものこそ生きた現実(actual reality ― actuality)であり、そうした実際的現実が生々と行なわれること(activity)は、日々の、刻々の、或いは年々の、月々の、日常現象なのだ。こうした生きた現実が、日常生々と行なわれること、に就いての正しい知識こそ、何より具体的な真実の知識であり又理論でなくてはならぬ。それが社会の分析を伴う場合、政治的になって、時事的になるのだ。之を離れ、或いは之に無条件に先行するような原則的・原理的な知識は、結局形而上学的抽象観念にすぎないので、理論上の即ち哲学上の真理を持つことは出来ぬ。吾々の日常生活は、社会の歴史の最も現実的な要素なのだ。――ジャーナリズムは原理的でないというのは迷信で、日常性という真理の最も率直な原理を守るものこそがジャーナリズムなのである。

四

事物の歴史的・時間的・認識は、最も具体的な、即ち最も真正な、知識である所以だが、ニュース(この新造の言葉はシェクスピアのハムレットにあるそうだ)がW・シュレーゲルによって Zeitung と訳されたことは非常に興味のあること