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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页

青空文庫

三

これが好事家の著るしい一つの特色であって、ここにこそディレッタントの甚だ戯画化された姿が浮び上がるのである。私はこれを第三種類のディレッタントと呼ぶことにするが、この第三種ディレッタントは、多分最も低級なディレッタントであるが、しかし多分至る処に見出される種類のものである。

三

以上のような種類を較べて見て判ることだが、とに角本気になって生活を賭しているいわゆる本業からのギャップをもっている余技なるものが、ディレッタントの資格になるというわけで、従ってそこからディレッタントは生活の真剣さを欠いた人間だということになるのは無理ではない。

尤もある医者が文学の世界でディレッタントであることは別に困ったことではないが、医者がその医学乃至医療技術においてまた文学者がその文学においてディレッタントであったとしたら、結局人間そのものがディレッタント的であったとしたら、困りものだということになりそうである。

そこでディレッタントというものは、人間の人格そのものに関係させられて非難の言葉となって来る。殿様芸やお嬢さん芸といわれる場合の、殿様やお嬢さんが、この救うべからざる人格的ディレッタントを指している。