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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页
三 モーラリスト及び風俗評論
つまり人為的なフィクションの代りに、現実のアクチュアリティーが、この系統を一貫しているので雑誌(雑なる誌)的にも見えるのだ。
で結局、今日随筆(乃至エッセイ)が盛んになって来たということは、実は暫く前から一般に日本に於て批判的精神が高揚して来たことの、文学的結果の一つなのである。
そしてこの批判的精神の高揚という社会現象ならば、割合容易にその原因を説明することが出来るだろう。――ただ日本の文学に於ては、クリティシズムそのものの伝統がフィクションその他の伝統に較べて(「詩」の伝統に較べてさえ)問題にならぬほど貧弱なので、この折角の批評的評論的精神も、「随筆」という身辺的な形に収縮して了って、まだ充分にエッセイへもクリティシズムへも展開し得ないでいるのである。だがやがて随筆の思い切った発達はこの身辺的な随筆自身を否定するに至るだろうと思う。
(一九三六・一)
三 モーラリスト及び風俗評論
最近文壇の内外では局外批評論が相当盛んである。大宅壮一によると私自身も亦一人の局外批評家だそうである。そこで私も亦局外批評なるものに就いて文章を書くことを求められて『新潮』