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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页
――一体吾々が芸術上の作品とか科学上の業績とかから受ける直接な印象は、その受けた瞬間に於ては無論直接な所与なのだが、この直接の所与自身と雖も、実は吾々の過去の経験の一つの結果に外ならない。人々は生活の経験を通して自然何かの世界観を無意識的にせよ懐いているのであって、印象とは、そうした多くの無意識的な世界観の、刹那的な断面なのである。印象は大抵単純で端的な好悪・快不快というような抽象的な規定として受け取られるのであり、広い意味に於ける趣味の判断として直覚されるのではあるが、こうした趣味なるものは、元来、人々の意識の背後にかくれている世界観がその尖端を偶々露出したものに他ならない。それが意識の内にかくれていた世界観とどう連絡しているかという背景からの必然性が露出されていないから、趣味は全く主観的で偶然なものだと考えられるのである。印象も亦そういう理由から同じく勝手で気儘なものだと考えられている。だが印象の背後には実は一定の世界観が横たわっているのを忘れるべきではない。ただその世界観が無意識だったに過ぎないのだ。
だから吾々は一旦印象を受け取った以上、この印象に基いて評論的に物を云うためには、この印象をその背後の世界観にまで連絡させる義務があるわけである。