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やぎゅうつきかげしょう

柳生月影抄 名作短編集(二)

吉川 英治

吉川英治『柳生月影抄 名作短編集(二)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:柳生月影抄、下頭橋由来、脚、べんがら炬燵、大谷刑部、鬼、春の雁、旗岡巡査、茶漬三略。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 173,309 字 · 352 页

青空文庫

麦菓子

すると、他の一人が云った。

「先刻通ってきた垂井の宿に、たしか、大谷刑部少輔吉継様御宿舎という立て札を見たように思うが」

「では、今夕あたり、垂井へお着きになるのかも知れんな……。女子、とにかく垂井へ行って訊いてみたらどうだ」

「ありがとう存じまする」

女は、そう聞くと、炎天も埃も厭わずに、焦ける道を垂井の方へ急いでゆくのであった。

病馬の手当を忘れて、歩卒たちは、その後ろ姿を振り向いていた――

「百姓の娘でもなし……町家の女とも見えんし……何者だろう」

「うつくしい!」

「大谷家の人数のうちに、許嫁の若侍でもいて、それを訪ねて行くのじゃないか」

「いやになるなあ! ……あっ、おいっ、此馬はもう助からんぞ」

瀕死の馬の口輪をつかんで、一人は、邪慳に揺りうごかしてみた。

麦菓子

巨きな樹立に囲まれていて、ふところの広い平庭である。樹々の蔭には、もう夕闇が漂って、蚊ばしらの唸りが何処ともなく耳につく。

垂井の宿長の邸だった。

大谷刑部少輔吉継の紋を打った幕が、そこの土塀や中門を繞らして、厩には、馬の嘶きが旺であった。宿場には、彼の手兵が分宿し、往来には、篝火が夕月を焦がすほど煙を揚げている。