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やぎゅうつきかげしょう

柳生月影抄 名作短編集(二)

吉川 英治

吉川英治『柳生月影抄 名作短編集(二)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:柳生月影抄、下頭橋由来、脚、べんがら炬燵、大谷刑部、鬼、春の雁、旗岡巡査、茶漬三略。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 173,309 字 · 352 页

青空文庫

そして時々、発作的な高声で、詩を吟じてゆくと、

「兄上っ」

と、樹蔭で呼ぶ者があった。――いやその詩吟に対しての答えだった。

辺りを見廻して、兄弟は抱き合った。兄の粂之介が、狂気を装って、詩や歌を謡って彷徨っているのは、山にかくれている弟に、自分の訪れを告げて呼び出す策だったのである。

「御辛労をかけまする」

磋磯之介は、涙なしで、兄の姿を見られなかった。

「いつぞや運んでいただいた食物が、まだ残っておりましたのに」

「いや、今日は、瓢に酒を持って来た」

「酒まで運んでいただいてはすみません」

「別れに飲もうと思ってな」

兄は、沁々といった。

「町も街道も、だいぶ詮議は下火になったらしく見える。もうこの辺が、他国へ身を抜く時機だと思う。路銀も少しばかり持って来た。肌着と脚絆なども包んで来た。今夜あたり、山を降りて街道を奔れ」

「じゃあもう会えませんね」

「世の中でも変ればまた」

「その世の中も、吾々が考えていたようには変りもせず進みもしないようですが」

「自分の力を過信するなよ。これからは、身を大事にしてくれ……。さ、何処で飲もうか」

「同じ酒を酌むなら、どこか、広濶な天地へ出て酌みましょう。