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やぎゅうつきかげしょう

柳生月影抄 名作短編集(二)

吉川 英治

吉川英治『柳生月影抄 名作短編集(二)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:柳生月影抄、下頭橋由来、脚、べんがら炬燵、大谷刑部、鬼、春の雁、旗岡巡査、茶漬三略。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 173,309 字 · 352 页

青空文庫

惟任退治譜

一

惟任退治譜

一

「殿っ。殿っ……」

わしは持宝院の一室から駈け出していた。

猿殿のお姿を見かけたからである。

騎馬に召され、白地金襴の陣羽織に、具足は萌黄の縅、革胴は真っ黒な漆塗に箔を置き、長やかな太刀佩いて――

ひょいと、わしの声に、馬上から振向かれた。

「おっ、お願いでござります」

わしはわれを忘れて、お馬の口輪へしがみついた。旗本方が、

「退されっ」

と、叱ったのは、耳にあったが、わしのその時の捨身を阻み得なかった。

「お……。いたのか孫平治」

猿殿の眼は、何用かとわしへ聞いていた。わしは、きのうから今日までに、ほんとに生涯の腹が極っていた。――が、金色の千成瓢や、甲冑の猿殿を、仰ぐのも眼が痛く、怪しく声は打ちふるえていた。

「おねがいです。てまえに、槍一本お与え下さい。――さなくば、お馬の口取りになと、お召抱えください」

「随身したいか」

「出世を望みませぬ」

「何を望む」

「…………」

いえなかった。

猿殿がこれから馳せ向おうとする戦場は分っている。その敵へ、わしはぶっかかりたいのだ。――だが、その敵は、わしの旧主でもあった。

だから、何を望んで、と問われても、口にいえなかった。