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やぎゅうつきかげしょう

柳生月影抄 名作短編集(二)

吉川 英治

吉川英治『柳生月影抄 名作短編集(二)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:柳生月影抄、下頭橋由来、脚、べんがら炬燵、大谷刑部、鬼、春の雁、旗岡巡査、茶漬三略。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 173,309 字 · 352 页

青空文庫

右門はそう思って、彼女が、努めて長兄の側に寄るまいとし、長兄を嫌っている風さえあるのを、やや心の慰めとしていた。

けれど右門には、長兄の心が分ってみると、その長兄と恋を争う気にはとてもなれなかった。そういう恋の敵手がないにしたところで、彼には、彼女へ、面と対って、

(恋――)

という一語さえ言葉の中に用いることができないくらいだった。

――今になって考えてみると、右門は自分の愚がわかる。お由利が屋敷に抱えられて来た当時、無性な欣びにその半月ほどは、まるで子供が欲しい小鳥でも買ってもらったように、彼女と同じ軒下にある身を、独り密かに祝福していたものだった。

長兄がお由利にやった恋歌も読んでいる。お由利がそれを丸めて捨てたのをちらと見て、後から拾い取って見たのである。――狗のような、と彼は自分の浅ましい行為にも泣いた。

思えば、自分が生れてから初めての幸福は、彼女が屋敷へ来てからの十五日間に尽きていたかも知れない。それが生涯のただ一つの記憶として残るだけの事であろう。

「……あっ?」

長兄の部屋の方で、何かやや大きな声と、物音がした。右門は思わず、閉まっている窓の障子へ縋って、そこを開けようとしたが、