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あさひのよろい
あさひの鎧
国枝 史郎
「時事新報」1934(昭和9)年8月25日~1935(昭和10)年3月16日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 239,520 字 · 475 页
「浮藻、小次郎や、お別れだよ」
桂子の声は情愛深い中に、苦痛と威厳とを持っていた。
「将来逢えるか、生涯逢えぬか、それは神様のおぼしめし次第。……おお、でも、妾としては、逢いとうない! ……夫婦となったお前達には!」
桂子は歩き出した。
「お姉様!」
と追い縋って、浮藻はその腕へ縋ろうとした。
それを小次郎はしずかに止めて、
「お別れいたすでござりましょう」
と云った。
彼も桂子と住むことは、その心が許さなかった。
恐ろしい悲劇と不倫とが、一家の中に起こるだろう! そういう不安があったからである。
地に伏し仆れて咽び泣いている浮藻と、地につつましく両手ついて、顔も上げずに坐っている小次郎、この二人を後に見すてて、袈裟太郎を連れて桂子は、足早に林を出て行った。
林の中が静まったので、子を育ててでもいるらしい、母鳥の優しく啼く声が、小高い梢の塒の中から、歌うように聞こえて来た。
小次郎は立ち上がった。
「浮藻殿、参りましょう」
「…………」
嗚咽の声を立てながら、浮藻は弱々しく立ち上がった。
黙って二人は歩き出した。
晴れて夫婦になれるという、その喜びはあったけれど、桂子に永久見すてられたという、その悲しみが二人を圧し、かてて前途に光明のない、放浪の旅へ出たという、この不安が二人の心を、重く苦しく憂鬱にしていた。